遺品整理業者様への感謝(体験談)

2021/09/09 ブログ

人の人生が終わりを迎えるのは、突然の事でしょう。病気が発覚している場合は、ある程度の予測や覚悟が出来るのかもしれません。しかしながら、生きたいと願い、様々な事を試みて、生きる力を少しでも長く継続させようと、なんとかかんとか、必死に力を振り絞ります。その最後の痕跡を感じながら、残された者達は、残された者としての自身の立場を、宿命ととらえ必要な様々な対処すべき事柄をおそらく対応していくのでしょう。

かくいう筆者も、残された者として、様々な対処すべき事柄を、試行錯誤、獲得しながら、対応している張本人なのです。
例えばこれが、実の両親のいずれか、であったり、配偶者、等でしたら、自然の流れとして受け入れる、または何かしらの受け入れ難い生前の関係性の不和があったとしても、揺るぎない血縁という、納得せざるを得ない結び付きと、国民として、残された者として、定められた義務により、役所や各種公的機関への届け出を行わなくてはなりません。

筆者の場合は遠縁の親族が故人でした。子供のいない夫婦で、二人でなかなか繁盛していた飲食店を切り盛りしていましたが、配偶者である夫を早くに亡くし、お店も伴って閉めて以後も、気丈に精力的に、残された思い出の店舗兼自宅を改装して、一部を賃貸物件にして収入源を確保しながら、自分自身も飲食店に勤めて経験を存分に活かして生き生きと、元気に、日々を過ごしていました。
趣味や交遊関係も広く、スポーツクラブに入会して、経験のなかった水泳にチャレンジしたり、山岳クラブやカラオケ教室、等々。

また、亡くした夫への供養にも熱心でお遍路のようなお寺での学びやお墓の手入れ、仏門の就学も素晴らしかった。

しかしながら、やはり女性がたった一人で生きていくというのは、やはり、どんなに気丈な人間での年齢を重ねれば重ねる程に、また、それが、だんだんと加齢と共に体力の衰えを感じるようになればなる程に、寂しさを感じやすくなり、不安や、孤独感、等々の心細さに苛まれるようになるのでしょう。

生前、初めて大病をした時には、健康祈願のお守りを手配してもらえないか、入院先に来て手術が終わった時に付き添ってもらえないかと頼まれました。

父と私は、快く引き受け、身内の一大事を支えるべく、仕事の休暇を取り、しっかりと健康祈願をした、頼まれたお守りを持ちながら、新幹線と電車を乗り継ぎ、駆けつけました。
手術は、無事に成功し、運良く癌の病巣を取り除く事が出来たとの説明を受け、地道に回復を目指しながら、継続的な治療や、経過観察を行って、あれから何年経ったでしょうか。

病気をしたとはいいながらもあの時はまだみんな若かった。
あれから8年。叔母は83歳で自宅で眠ったまま亡くなり、たった一人の肉親にあたる実弟である父も76歳で要介護の状態。

「何かあったら頼む」と言われた父は、とても故人の後を対処する能力はありません。
必然的に私が対応する事になりましたが、その他親族は誰一人として協力しようともせず。
葬儀をするにもかかる費用の負担、死亡手続きに必要な申請書類も生前の所在地全ての戸籍だなんて、どこに住んでいたかだなんて知りもせず探し当てるのに苦労するばかり。

探して探しての苦労は、墓地の所在地、お世話になっていた寺院はどこか。謎解きするにもヒントがまるでなく困り果てました。

生活にかかる費用、その解約、賃貸物件の居住者への退去の相談交渉。そしてなんといっても、古い持ち家と何十年間の生きた証とも言うべく生活の詰まり詰まった、家財、衣類その他諸々。

食品が詰め込まれたままの冷蔵庫の片付けは本当に嫌な物でしたし、台所まわりの雑然とした調理保存食の残骸。泣きたくなるような後始末の作業は気が遠くなりました。

こんなの処分廃棄するにも、衣料品だけでも何部屋分??押し入れの中の数々は??どうしたら??

ネットで必死に調べて、いっさいがっさいを遺品整理してくれる業者さんがいる事を知り、数社に連絡を取り、見積を取り、一社に決めて。

全ての遺品を完全お任せで対応して頂いた後は、ほっとして涙が止まりませんでした。
心から感謝しています。